田舎に移住して3年。あの頃は想像していなかった今の暮らし。

大阪から滋賀県の西浅井へ移住して、3年ほどになります。
いろんなことがあり、今では「カフェ ふなよせ」という、米粉のお菓子のカフェを営み、「コメコノコト」という米粉のブランドも始めました。
ただ、移住した当時は、まさか自分が田舎でカフェをやることになるとは、思ってもいませんでした。
最初の頃は、大変なことや不安も多く、「本当に来てよかったのか」と後悔したこともあったくらいです。
それでも、ありがたいことに人とのご縁には恵まれて、いろんなことが少しずつ繋がりながら、なんとか今に至っています。
移住前は更新していたブログやSNSも、移住してからは途絶えてしまいました。それくらい、この3年間は目の前のことに必死だったのだと思います。
今回は、そんな私がこの3年間何をしていたのかも含めて、田舎に移住してからのことを少し振り返ってみようと思います。
「合わなかったら大阪に帰ればいい」と思っていました
そもそも、この移住自体、何年も熟考して決めたものではありませんでした。
もちろん、きっかけはいろいろあったのですが、当時の私は、
「いろんな経験をして、自分なりのものの見方を身につけたい」
「面白そうだから、とりあえずやってみよう」
くらいの、わりと軽い気持ちだったと思います。
合わなかったら大阪に帰ればいい。
そんな気持ちもありました。
自分なりのものの見方を身につけたくて
当時、Instagramで料理やお弁当を発信していたこともあって、食について考える機会も増えていました。
世の中にはたくさんの情報があるけれど、誰かの「これがいい」をそのまま選ぶのではなく、自分なりの基準を持って、食べるものや暮らしのことを選べるようになりたい。
そんな時期だったからこそ、田舎での暮らしや、そこでのいろんな経験が、自分なりのものの見方をつくっていくんじゃないかなと思っていたのだと思います。
そして2023年9月、大阪から西浅井へ引っ越してきました。
引っ越してすぐ、「本当に来てよかったのかな」と思った
今では「西浅井に来てよかったな」と思っていますが、引っ越してすぐの頃は、正直、不安のほうが大きかったです。
思っていたように進まないこともいろいろあって、
「本当にここに来てよかったのかな」
と、半分以上後悔していた時期もありました。
来てみないと分からなかったことや、来る前に聞いていた話と違うことなどもありました。
あとは、環境の変化でホームシックのような感覚にもなっていたんだと思います。
夜は真っ暗だし、コンビニに行くにも車が必要。虫は多い……。
特に当時の夫は虫が苦手だったので、かなり苦戦していて、そんな夫を見ている私もつらくなって、二人して落ち込んでいる、みたいな時期もありました。笑
今では、夫のほうが私より虫に強くなって、何かいると淡々と対処しているので、人って慣れるものなんだなあと、ちょっと面白く思っています。笑
それでも、少しずつ「ここで暮らす」が見えてきた
大阪にいた頃の、狭くてあまり陽の当たらなかったキッチンとは違って、ここには光の入る広い台所がありました。
広いシンクや作業スペース。
家の周りに広がる田んぼや山。
ご近所の方からたくさんのいちじくをいただいたり、
隣の家の柿が色づいていくのを見て、「秋だなあ」と感じたり。
大阪にいた頃とは違う、過ごし方や季節の感じ方があることも新鮮でした。
不安なこともたくさんあったけれど、少しずつ「ここで暮らしていく」という感覚も生まれていきました。

思っていたのとは、少し違う方向へ
実は、移住した当時は、今の場所でカフェをやる予定なんてまったくありませんでした。
別の場所で、おにぎり屋を始めるつもりで来ていたんです。
ただ、その話もその後いろいろあって、結局なくなってしまうのですが。
そして、その話がなくなった頃には、私自身も別の仕事を始めていて、
「自分の発信を続けながら、食に関する何かの機会をまた探していこう」
くらいに思っていました。
そんなタイミングで、今のお店につながる話が出てきました。
「自治会って、なんだ??」カフェにつながる新たな出会い
実は、その話につながる少し前に、こんな出来事がありました。
移住して10日ほど経った頃、自治会の方々とお話をする機会がありました。
良くしてくださるお隣の方が繋いでくださったのですが、当時の私は自治会についてもよく分かっていません。
「なにかよく分からないけど、入らないといけないものなのかな……?」
くらいの感覚でした。
当時は移住したこと自体に少し後悔していた時期だったので、夫婦そろってかなり落ち込みながら出かけたのを覚えています。
しかも「役員の方とお話しします」と聞いて行ってみると、おじさんたちが3人並んで座っている。
なんか怖い……。
ところが、話してみると、最初にかけてもらった言葉が、
「大歓迎」
でした。
それだけで、張り詰めていたものが一気に抜けたのを覚えています。
その方々は今でも本当にお世話になっている、頼りにしている方たちです。
そのときに、私がInstagramで料理の発信をしていることや、別の場所でお店を始めようとしていることなどを話しました。
すると、
「その場所って、もう契約したんか?」
「実は、地域でこれから活用したい場所があるんやけど、一回見てくれへんか?」
と。
それが、今の「カフェ ふなよせ」の場所でした。
お店を始めるなんて、まだ思っていませんでした
「ここでカフェ?」最初はまったく想像できませんでした
案内してもらった建物は立派だったけれど、長い間使われていなかったこともあって、物もたくさん残っていました。
私には、どう見ても「地域の集会所」というイメージ。
「ここでカフェをやる」という想像は、まったくできませんでした。
そのときはまだ、別の場所でお店をやるつもりでしたし、地域の建物なので、使うためには地域の了承も必要。
他にも使いたい人がいるかもしれないし、すぐに使えるわけでもなさそう。
「まあ、自分がここを使うことはないだろうな」
そんなふうに思っていました。
「もう、お店はやらない」そう思っていた頃
ところが、それから3か月ほど経った年明け。
自治会の方から、
「正式に使えることになったから、一度話をしたい」
と連絡がありました。
思っていたよりずっと早く話が進んでいて、自治会の方々が、この建物をなんとか活用したいと考えていることも分かりました。
でも、その頃の私は、もうお店をやらない方向に気持ちが落ち着いていたんです。
最初にやろうと思っていたおにぎり屋の話も、いろいろあってなくなって、別の仕事も決まっていました。
正直、少しホッとしていた部分もありました。
それでも、やってみようと思えた理由
いざ「お店をやってほしい」と声をかけてもらうと、やっぱり迷いました。
飲食店の経験は、学生時代のアルバイト以来ありません。
経営なんてもちろんしたことがないし、何を準備したらいいのかも分からない。
もともと私は、かなり臆病で心配性。何か新しいことを始めるときも、いろいろ考えすぎてしまいます。
そんな性格もあって、これまで自分の視野を狭めてきたな、という感覚もありました。
だから、もともとお店をやろうと思っていたのも、純粋な「お店をやりたい」という気持ちだけではなく、
「やってみたら、自分を変えられるかもしれない」
という思いで、なんとか踏み出そうと自分を奮い立たせていた、というのが正直なところでした。
それなのに、一度なくなったと思っていた話が、まさか別の形でもう一度やってくるとは。
最初は、重い腰を上げるのが大変でした。
とはいえ、こんななんの経験もない人間に、「お店をやってほしい」と声をかけてもらえる環境なんて、なかなかありません。
しかも、こんな立派な場所を使わせてもらえるなんて、こんなにありがたいことはないよな。
これはチャンスかもしれない。
そんな気持ちも、同時に湧いてきました。
無理だったらやめればいい。
そう思って、肩の力を抜いて、とりあえずやってみることにしました。
時間がないなか、バタバタと準備が始まりました
そこからは、建物の片付けや掃除をして、営業許可を取って、お店として使えるように準備していきました。
とはいえ、片付けの大部分は、自治会の方が進めてくださったものです。
汚れていた畳をきれいなものに替えてくださったり、カフェで使えそうな大きな一枚板のテーブルを貸してくださったり。
本当にたくさんの方に協力してもらいました。
そして、その年の3月には営業許可を取ることができました。
ここからオープンまでは、1か月ほど。
でも、やることはまだまだありました。
お店の名前を決めて、ロゴを考えて、メニューを考えて、試作をして、メニュー用の写真を撮って、チラシを作って……。
それまで何もなかったところに、一気に「お店に必要なもの」を揃えていきました。
「ちゃんと準備してから」と思っていたけれど
場所があるのだから、早く始めなければ、という気持ちはあるのだけど、
自信がないこともあって、どうしても、
「もっとちゃんと準備してから……」
と思ってしまいます。
そんなふうに、私が
「やっぱり4月オープンは絶対無理」
「もう1か月延期したい」
と、半泣き状態で弱音を吐いていたら、夫から、
「経験がないからこそ、実際にやってみないと分からないことのほうが多い」
「そんなことを言っていたら、一向に始められない」
と言われました。
たしかに、どれだけ準備したところで、今の自分では「もう大丈夫」と思える日は来ないのかもしれない。
そう思ったら、なんだか少し、はっとさせられました。
そこで、
「4月には絶対に始める」
と自分に喝を入れ直して、準備を進めました。
結局、準備は思ったようには進まなかったものの、4月末のゴールデンウィークにオープン。
3月半ばに営業許可を取って、そこから1か月ほどで、なんとかお店をオープンするところまで持っていきました。
今振り返っても、かなりバタバタのスタートだったと思います。笑
オープン当初のカフェふなよせお店をするのは、想像以上に大変だった
そんなバタバタの状態でオープンしたので、最初はお店の告知や宣伝にまで手が回りませんでした。
というより、あまりにも不完全な状態で始まったので、自分から「お店を始めました」と大々的に知らせることにも、自信がなかったんだと思います。
それまで見てくれていたInstagramのフォロワーさんに、お店のことをお知らせすることさえできませんでした。
なので、最初からお客さんがたくさん来ていたわけではありません。
それでも、
仕込みをして、
営業準備をして、
営業して、
片付けをして、
また次の営業の仕込みをして。
週末だけの営業だったのですが、1年目は、この一連のことをこなすだけで本当に精一杯でした。
飲食店の経験もなく、一人でお店をやるのも初めて。
何が正解なのかも分からない。
やってみて、失敗して、また変えて。
そんなことを繰り返しているうちに、これまで続けていた自分のSNSで発信する余裕も、どんどんなくなっていきました。
少しずつ、お店が知られていきました
そんななか、週末だけの営業を続けていると、少しずつ地元の方が来てくれるようになりました。
そのうち、
「お店のInstagramを見て来ました」
と、遠方から来てくださる方も出てきました。
「ああ、こうやって少しずつ広がっていくんだ」
と、実際に自分のお店でその過程を見られたのは、面白かったです。
その後、あるSNSのグルメアカウントで紹介していただいたことをきっかけに、それまでとは比べものにならないくらい、たくさんのお客さんが来てくださった時期もありました。
もちろん、ありがたいことでした。
でも、まだまだオペレーションも未熟で、少人数でやっているお店にとっては、急にお客さんが増えるというのは、本当に大変なことでもありました。
「せっかく来てくれるんだから、たくさん用意しなきゃ」
と仕込みの量を一気に増やしたりして、他のことには本当に手が回らなくなった時期もありました。
今はだいぶ落ち着いてきましたが、この経験を通して、
「お客さんがたくさん来る=どんなお店にとっても絶対にいいこと」
とは限らないんだな、と、はじめて実感しました。
お店には、お店ごとのキャパシティがある。
たくさんのお客さんに来てもらうことと、自分が無理なく続けられることは、必ずしも同じではない。
お店をやってみなかったら、たぶん分からなかったことだと思います。
カフェふなよせの店内。カフェを始めたことから、また次のことが始まりました
カフェを始めるときから、いつかオンラインでの販売もしたいとは思っていました。
ある程度お店の土台ができたら、オンラインで何か販売したり、SNSでの発信をまた頑張ったりしたい。
そんなことも考えていました。
でも、実際にお店を始めてみると、毎週の営業をこなすことで精一杯。
そこに手をつける余裕は、なかなかありませんでした。
コメコノコトにつながる西浅井産のお米
そんな日々の中で、もう一つ、大きな出来事がありました。
自治会の方でずっと協力してくださっていた方が、西浅井で米粉用の「ミズホチカラ」を育ててくださっていたんです。
私は米粉マイスターでもあり、カフェ ふなよせでも米粉のお菓子を扱っているので、収穫されたお米を買わせてもらって、いろいろな製粉会社さんにお願いしながら、自分なりに米粉にしてみました。
すると、思っていた以上に使いやすい米粉ができました。
それをきっかけに、お店で使う米粉もそれに変えて、今では西浅井のお米から作った米粉の販売もしています。
そして、そこから少しずつ、
「米粉をもっと身近なものにできたらいいな」
「米粉をきっかけに、西浅井で暮らす中で感じてきたことを、何か届けられたらいいな」
と思うようになり、「コメコノコト」というブランドも始めました。
最近では、米粉サンドというお菓子を作って、オンラインでも販売しています。
地元農家産が育ててくれた西浅井産ミズホチカラ
西浅井産ミズホチカラで使いやすい米粉ができました
最近オンライン販売も始めた米粉サンド3年経って、少しずつ見えてきたこと
こんな感じで、来てみたらいろんなことがあって、お店が始まって、ドタバタと今に至っています。
自分がお店を始めたことで、今まで考えたこともなかった、お店をする側のことや、その裏側にあることまで考えるようになって、ものの見方も少しずつ変わってきたと思います。
とはいえ、お店もまだまだ手探り状態。
オンライン販売やコメコノコトも始まったばかりで、分からないことや、できていないこともたくさんあります。
畑を始めたり、食について考えたり、米粉を扱ったり。
いろんなことを実際に自分でやってみたからこそ、以前とは少し違う考え方をするようになったことも、たくさんあります。
3年前に思っていた、「自分の基準で選べるようになりたい」ということ。
自分の基準については、まだまだ考えている途中です。
それでも今は、3年前よりも少しだけ、自分の目で見て、考えて、選べるようになってきた気がします。
そして、せっかくここまでいろんな経験をしてきたので、これからはまた少しずつ、ここでの暮らしや、実際にやってみて考えたことを、自分の言葉で発信していこうと思っています。
3年間、どんな暮らしをしていたのか。
そして、この3年間で何を考えるようになったのか。
これから少しずつ書いていけたらと思います。




